株式会社仲亀

仲亀の考え方

仲亀の考え方way of thinking

代表者の紹介Representative

私が保険の仕事に覚悟を決めた理由
はじめに

創業から約50年。
信頼を積み重ねることで人と人がつながり、長く寄り添い続けられる仕事。
それが、私の中にある保険業界の姿であり、「株式会社仲亀」そのものだと考えています。

将来に対する計り知れない不安はあります。しかし、迷いはありません。父・仲亀晃央の生き方を間近で見てきたからこそ、信頼を積み重ねながら生きていくこの道を、私は自らの意思で選びました。

これは、私自身が覚悟を持って進むと決めた道です。少し長くなりますが、その想いをお伝えさせていただきます。

保険業を目指した理由

大学3年生の2月、父から将来について聞かれたことがありました。
その時、私は迷うことなく「保険業界に入る」と答えました。
それは同時に、「継ぐ覚悟があるのか」を問われる瞬間でもありました。

大好きな剣道を続ける道として、教員や警察官という選択肢もありました。
けれど私は、剣道そのものを仕事にするのではなく、仕事を持ちながら剣道を続ける生き方を選びたいと思いました。

仕事をしながらでも剣道はできる。その姿を、父が体現していたからです。

剣道七段として生涯剣道を貫く父の背中は、私にとって純粋に「かっこいい」と思っていました。私はその姿から「剣道は職業ではなく、生き方で続けられるものだ」と学びました。

数ある選択肢の中で、興味を持てたのは、父が歩んできたこの保険業界だけでした。

前代表への思い

父・仲亀晃央は、私にとってひと言で表すことが難しい存在です。
優しく、前向きで、人が大好きで、努力を惜しまない。そのすべてが、私の人生の目標だと思っています。

父は、「違うことは違う」としっかり教えてくれましたが、怒鳴ることや感情的に叱られた記憶は一度もありません。いつも私の考えを尊重し、答えを押しつけることなく、ただただ静かに待ってくれる人でした。

私は他人に相談をするタイプではありませんが、高校生の頃、同級生の親御さんからの言葉をきっかけに、私は父に相談するようになりました。剣道での構えのこと、練習方法、試合での判断。父はその時初めて、必要なことだけを、静かに教えてくれました。今振り返ると、あの「待つ姿勢」こそが、父なりの深い愛情だったのだと感じています。

家の中はいつも明るく、仕事の大変さを感じさせるような空気はありませんでした。

どんな時も、父がかけてくれる言葉は前向きなものばかりでした。病気が発覚してからも、父は最後まで「治す」と本気で信じていました。その姿勢は、剣道七段として積み重ねてきた、「諦めずに向き合い続ける生き方」そのものだったように思います。

三歳の頃、剣道をしている父の姿を見て、「かっこいい」「自分もこうなりたい」
と感じたことを、今でもはっきりと覚えています。

気がつけば、剣道を続け、同じ学校に進み、同じ業界に身を置き、同じ道を歩んできたからこそ、父の偉大さを今ははっきりと感じています。「晃央さんは本当にすごい人だった」と声をかけていただくたびに、私はその背中を追い続けてきたのだと実感します。

そして同時に、当たり前のように支えられてきた時間は、決して当たり前ではなかったのだと、今になって気づかされます。

父と母の存在があってこそ、今の自分があります。
この想いを胸に、私はこれからも、父が大切にしてきた「人と向き合う姿勢」を、仕事を通して受け継いでいきたいと思っています。

社会人として

社会に出て感じた仕事の世界は、そう単純なものではないと知りました。
努力をすれば、必ずしも結果が出るわけではない。
「ただ頑張るだけでは足りない」という現実に、悔しさや焦りを感じたこともあります。

アクサ生命保険株式会社では、ソリシター(代理店営業担当者)として間接営業に携わりました。
直接商品を届ける立場ではなく、支える側に回る立場だからこそ自身の知識の理解や浅さと向き合う時間でもありました。

3年目を迎える頃には、「自分の言葉で、直接お客様と向き合いたい」と強く思うようになっていました。それは焦りではなく、この仕事に本気で向き合いたいと思えと感じたからです。

保険とは「目に見えない商品」です。
もし怪我をしたら、もし命を失ったら。普段は意識的に考えない将来と、真正面から向き合う仕事です。

私自身が、結婚し、子どもが生まれたことで、保険は「自分のため」ではなく、「残される人のためのもの」だと実感するようになりました。

アクサ生命保険株式会社での経験は、業界を知り、商品を学び、専門性を高め、多くの募集人と関わる中で視野を広げる時間でした。社会人としての基礎と覚悟を、アクサ生命保険株式会社で確かに培いました。

転機と運命

2025年4月、娘が生まれました。人生でこれ以上ないほどの喜びを感じた、かけがえのない日です。

そのわずか2週間後の5月初旬、普段ほとんど電話をしてこない姉から「父が癌かもしれない」と知らされました。検査結果は、最も進行したステージ4bの癌。頭の中が真っ白になり、「もしかしたら父は亡くなってしまうのではないか」という思いが、何度も頭をよぎりました。

娘が生まれたとき、父は体調不良で会いに来ることができない父に「働きすぎだよ」と笑っていましたが、まさかそれが病気だったとは・・・。これから孫に会わせ、少しでも親孝行ができる。そう思っていた矢先の出来事でした。

剣道では思うような結果を残せなかった分、仕事でこそ恩返しがしたい。それが自分にできる最大の親孝行・・・。3月には、初めて父にお酒に連れて行ってもらい、そんな時間がこれから増えていくものだと、どこか当たり前に思っていました。

病院で余命宣告を聞いた瞬間、私は心の中で腹を括りました。
「仲亀に戻る」
それは誰かに言われたからではなく、自分自身で下した決断でした。

父は最後まで「治す」と未来の話を続けていました。だからこそ私は、後悔しないよう、近くで学べることはすべて吸収したいと思いました。同時に今まで父と過ごす時間が少なかったので、これからは自分がそばにいる番だと強く思ったのです。

宣言 - 全力で保険業と向き合い続けます -

保険は、目に見えない商品で、そこには「守りたい」という想いが確かに込められています。
私はその想いを、自分の言葉と行動で、まっすぐに届けていきたい。

父が築いてきた仲亀は、人との信頼を何よりも大切にしてきた会社です。
その信頼の重みと責任を、今、強く感じています。

父から受け取ったものは、技術や知識だけではなく、「人と向き合う姿勢」、「逃げずに立ち向かう覚悟」、そして、「最後まで信じ抜く強さ」です。私が必ず、次の世代へとつないでいきます。

私が目指すのは、ただ会社を守ることではありません。
仲亀に関わるすべての人を守り、その人生に寄り添い、安心と未来をつないでいく存在でありたいと考えています。

この仕事に、迷いはありません。
この道を選んだことに、後悔もありません。

私は、仲亀の一員として、そして代表として、
全力でこの仕事と向き合い続けることを、ここに宣言します。

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